秋の夜長の寂しさよ・・
在りし日の「水谷ひろしのちんからタイム」スタジオ風景です。
こんばんは、中之島はもです。
土曜日の夜に「ちんから」がないと、まるで月のない夜空のような気がします。
早く昇っておいで、私の月よ。
さざめく波のムーンリバーを越えて・・・。
では、皆様からのメールを引き続きご紹介。
枚方市の旅路のお父さん、いつもありがとうございました。
「皆さん、一年間お疲れ様でしたね。
そりゃあんだけ言うたらしゃあおまへんわなぁ。
相当きついこというてはりましたで、ほんま。せやけどそれが本音でっしゃろな。
これからのラジオの事を思うと安倍ちゃんはまだまだ言い足りん様ですが、まあこれも時の流れ、世の移ろいちゅうもんです。
でも安倍ちゃんの脚本(ほん)は面白かった。毎週ようできた本でしたなぁ~。とうとう生のM君は出てこんじまいやったけど。ネタの書き方をよう勉強させて貰いました。
ところでお三人さんはこれからどないしゃはります?。えっ、あっ、そうですか、これから皆で、一杯、そらよろしいな。積もる話もありまっしゃろな。
違いまんがな、これからの皆さんの行く末の事です。
えっー、ほっといてんかって、まあそんなに荒れん様に。とにかくどうぞ皆さんお元気で!。
またいつか何処かでお会いする日を楽しみにしてます、ほなさいなら。」
台本を書くのは、さすがに大変でした。
「ひろしです」も3ヶ月も経てば、ネタがなくなるだろうと思っていたのですが、水谷さんのM君の演技があまりにも面白かったのと、昨年暮れのサンドイッチマンの出現が新しいインスパイアをくれました。
でも、この番組に自分の3分の1の時間をとられていたので、そろそろ休まないと他の仕事ができないと思った次第です。
来年になれば、多分別の形で復活させたいと思っていますが、それも他の仕事がうまく行けばの話ですかね。
番組を終って、みんなで打上げをしました。
水谷さんが、いつも以上に酔われたのが印象的だったです。
続いて、大阪市中央区 の あの頃は少女派、たふた さん。
「水谷さん、安部さん、野田さん、こんばんは。昨年11月より毎週楽しみに番組聞かせて頂いております。
9月で終了とのこと、お疲れ様でした。と、同時に非常に残念です。
人生二度目の皆さんの番組終了に当たってしまいました。
昔、「ラジオ少年派」を聞いていた頃は、ニ十年も前で、私も多感な高校生でした。あの頃と変わらないお声の三人を(水谷さんはプロでいらっしゃるので当たり前なのでしょうが)楽しく、非常に納得する意見として、拝聴しておりました。寂しいです。
このメッセージが皆さんに届きますことと、また復活して番組が始まりますよう期待しております。
番組のHP見ていますので、次回開始時は教えて下さい。録音した番組を聞いて暫くお待ちしてます。
昔昔、「堺市の太田敬子ちゃん」と呼ばれいた頃が懐かしいです。」
昔の「ラジオ少年派」のリスナーの方からのメールはとても嬉しかったです。
昔の「少年派」を聞いておられた方は、今どうしておられるのかなとずっと思っていました。
大田敬子さん、名前出してしまってすみません。
都合が悪ければいつでも消しますから。
最後に、いつも辛口のメールをいただいた歌の下手麻呂さん。
「最終回用は録音済みと 思いますが、嫌みと?お礼を書きます まさか!夜中の0:30に起床して 水谷様を追っかけするとは、夢に考えていませんでしたが、この時間にはまりました。 珍辛時間が沈空時間になることを残念に思います、リバ-サイドに有る 建物は宇宙船なので 何時の日にかどこかの 星で再会出来る日を夢見ています。ありがとうございました」
最終回の録音は、9/8でした。本当はもう少し後にしたかったのですが、水谷さんが福島県に営業に行くとかで、どうしても前倒ししなくてはいけませんでした。
ですから、最後に皆に会ってから1ヶ月以上が経ったわけです。
私は、相変わらず多忙で、大阪と東京の間を行ったり来たりしております。
本ブログも、毎日でも書きたいくらいのですが、都合で大阪にいる時しか原稿をアップできません。
というわけで1週間に1回しか更新されないわけです。
あれから野田さんとは、東京の渋谷で行われた渋谷繁昌亭のイベントで会いました。
今年の大・大阪博覧会は、東京東横店の「なにわうまいもん市」とセルリアンタワーの「渋谷繁昌亭」のみ。
百貨店が再編成される中、東急も業務を縮小せざるをえないようで、来年はひょっとしたら大・大阪博はないかもしれません。
いずこも同じ 秋のゆふぐれ のようです。
ひき続き、皆さんからのメールをお待ちしています。
右のリクエスト欄、またはfrom3@kt.rim.or.jpまでお寄せください。
次回のアップは多分、来週の19日頃です。





